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スウェーデンコラム「瑞筆」

第10回 久しぶりのスウェーデン その2/島田晶夫

スウェーデンに着いて5日目の早朝、ストックホルムからスウェーデン国鉄が誇る高速特急X2000に乗りウェーランド島に向けて出発した。X2000に乗るのは初めての経験だったが、さすがにプレミアムトレインと言うだけあって、乗り心地は抜群で音も振動も少ない。日本の新幹線に比べればスピードの方は多少遅いのかもしれないが、それでも申し分ない速さでぐんぐんと景色が変わってゆく。この列車はマルメ行きだったので、途中アルベスタと言う街でIC(インターシティ)に乗り換えてカルマルに向かったのだが、全然乗り心地が違って音もうるさくてびっくりした。かなりの早起きで出発していたので、X2000ではすこやかに眠ることが出来たのに、結局ICに乗り換えてからの約2時間はほとんど眠れないままカルマルへ到着してしまった。

翌日は日曜日で、スーパーも、例の国営酒屋・システムボラーゲットも休みとなるため、先に買い物を済ませる。式の後にみんなで飲むために、シャンパン、ワイン(3リットル入り)2本、ビール3ダース、それとのり巻きの材料(のり、寿司酢、わさび、醤油、ミルクライス用の米)、卵、きゅうり、ツナ、マヨネーズなども。
のり巻きは、来てもらった人たちに食べてもらおうと急に思い立ち、スーパーで探してみたら、当時とは違ってのりでもわさびでも何でも売っていた。寿司酢まであったのにはちょっとびっくりした。まだまだ寿司ブームが続いているのかもしれない。
 このほかにも日本からウィスキー(山崎12年)を持ってきていた。みんなこれが大好きなので、スーツケースに何本か入れ、成田空港でもさらに買い足して持ってきた。自分ではほとんど飲まないだけに、荷物が重く重く感じられたけれど。

 さて、カルマルに迎えに来てくれた友人の車に乗り、6kmもある長い橋を渡ってウェーランドに入る。道はヴァカンスを過ごすためにやってきたキャンピングカーでいっぱいである。
ウェーランド島は南北に160kmもあるひょろ長い島で、「ニルスの不思議な旅」でも紹介されている(僕も今回ガイドブックを読んで初めて知った)、スウェーデンではよく知られた島である。5000年ほど前の先史時代の居住群が残っていたり、ヴァイキングの墓や、古い風車などもあちこちにあって、この数年の間にそういった景観が世界遺産に登録されていた。
 山とか丘とか呼べるものは無く、どこまでも平坦な草原が続き、海も遠浅で、家族連れのキャンプやのんびり過したいという人には人気があるらしい。ドイツから来た車も多く見かけた。

 僕の通っていたカペラゴーデンはこの島の中心よりやや南に位置し、村と言うにはちょっと小さいくらいのヴィックルビーと言う集落にある。
 今回式を挙げさせてもらう教会はこの学校のすぐ横にあり、いかにも古い佇まいである。牧師さんの話によると建物の一番古い部分で900年以上前のものだということであった。
 日本にいるうちにあれこれ話はついていたのだが、それでも牧師さんは僕達にいろいろ確認したいことがあるという。僕達はクリスチャンでもなく、しかもすでに入籍を済ませており、はるばる日本から来たと言ってもかなり図々しいお願いをしているわけで、当然この牧師さんとの対面はなかなか緊張を要することだった。しかし、70歳代前半と思われるこの牧師さんはかなり親切な方で、僕達の意向を熱心に聞いてくださり、「よろしい。任せておきなさい。」と快く引き受けてくださった。
 入籍していることもあり、今回は結婚の「宣誓」ではなく、「祝福」という形で翌日の礼拝の最後に行うことを打ち合わせ、聖書の英語訳を読んでおくようにと赤い表紙の本を渡された。「45年牧師をしているけれど、異教徒の結婚を祝うのは初めての経験じゃよ。」と牧師さんは微笑みながらウィンクをして見せる。結構チャーミングな人らしい。

 この日の夜はカペラに宿泊させてもらった。アンナ・イェルケル一家やヘンリック達も合流し、そこに偶然バカンスに来ていた学校時代の知人や、木工科の恩師なども加わってにぎやかになる。テーブルには新じゃがを茹でたものに、スィール(ニシンの酢漬け)、ミートボール、キャビア(たらこのマヨネーズ和え)などが並び、式の後に飲むはずだったビールやワインが次々と空いていく。この晩、山崎はすべて空瓶になった。うちの奥さんはこの飲みっぷりに目を丸くしていた。

 いよいよ式の当日、この日はあいにくの曇り空で午後から雨という予報であった。礼拝には20人くらいの人が集まっており、僕の友人、知人が15人ほどさらに加わった。最近の礼拝では一番人数が多いらしく、そのせいか牧師さんの説教もいつもより熱心だったと後で聞いたのだが、こちらは緊張してそれどころではなく、じっとりと手のひらに汗をかいていた。せっかく頭に入れた聖書の一節も全然思い出すことができず、あれよあれよという間に指輪の交換となり、瞬く間に新郎新婦の退場となる。オルガンの音色を背に、教会の外まで二人で出て来ると、「式ってこれで終わり?」と顔を合わせて笑ってしまうが、人生の節目などというものはそんなものかもしれないなと思う。
 その後礼拝に来ていた人たちも一緒になって、教会の前でみんなでシャンパンを飲む。牧師さんもニコニコして一気に飲み干していた。この人は本当に親切で、結婚証明書まで用意してくださり、よく見るともともと印刷されていた「結婚を誓い合った」という文章をボールペンで消し「祝福した」と修正までしてあった。こんなにいろいろしてもらって、お金も受け取らず「礼拝の途中で寄付してもらったから」(300円くらいを寄付金の箱に入れただけなのだが)とニコニコしてまた教会に入ってしまった。本当に改宗しても良いと思えるくらい、感謝の気持ちで一杯になる。

 実は、この教会の墓地にはカール・マルムステンが眠っている。マルムステンはスウェーデン家具の父と呼ばれた人であり、僕がこの教会にこだわったもう一つの理由がここにあった。
 マルムステンはもともとここの出身ではないのだが、この島の自然を愛し、何よりそこに作った自分の学校であるカペラをこよなく愛していた。僕が指導を受けていた木工科の先生たちは実際に若いころマルムステンに教えを受けており、そのときに学校にもたらされたマルムステンが書いた製図を基に、僕たち学生もまた授業の一環として彼の家具造りを体験したのだった。彼の木や家具に対する姿勢から、僕は本当に多くのことを学ぶことが出来たと思う。
 こうしてマルムステンも墓前に手を合わせ、当時の友人たちに囲まれていると、周りの木々を抜ける音すら4年前と何も変わっていないように感じられた。次はいつその場所に行くことが出来るのか、遠い日本でこの文章を書いていると何だか恋しくなるほどだが、その時もきっと何も変わっていないのではないか、いや、変わらないことを切に祈っている。
 マルムステンのお墓は木で作られていて(普通は石)、形もユニークでかわいいので、もしウェーランドに世界遺産を見に行くような機会があったら、是非ヴィックルビーにも足を運んでみてください。穏やかで静かな、都会とは違ったスウェーデンを楽しむことが出来るはずです。

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Columnist Profile
島田晶夫さん
1971年北海道苫小牧市生まれ。
1995年国立高岡短期大学産業工芸学科木材工芸専攻(富山県)卒業後、(財)スウェーデン交流センター(当別町)木材工芸工房の研修員として在籍。 1997年スウェーデン・カペラゴーデン手工芸学校 家具&インテリア科に留学、2000年スウェーデン・OLBY DESIGN(株)入社。 2001年帰国しDESIGN STUDIO SHIMADA設立とともに(財)スウェーデン交流センター木材工芸工房主任研修員として活躍中。
展覧会として、2002年第15北の生活産業デザインコンペティション入選・個展ギャラリーたぴお(札幌)、2003年グループ展(三越倉敷支店)、2004年2人展コンチネンタルギャラリー(札幌)、暮らしの中の木の椅子展入選。


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