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スウェーデンコラム「瑞筆」

第2回 森にこだますクルニング/本田倫子さん

9月に入るとすぐ、スウェーデン在住の知人から「9℃!寒い!」とメールが来た。
スウェーデンは北国なので当然、秋になるのが早い。

秋というと、9月の終わり頃、ゲスト講師から歌のレッスンを受けたことを思いだす。
その時習った歌の一つは、エッペルボーという村に伝わる“ミカエリヴィサ”。
これは聖ミカエルの日にちなんだ歌。といっても宗教の歌ではない。「夏の間、森で放牧をしていた女性たちが、秋が来て9月29日の聖ミカエルの日に村へ戻る」という秋の引越しの歌なのだ。

夏の放牧と言えば、昔の話らしいが、家畜に十分な草地がなかなか見つからない土地では、村から遠く離れた所まで牛や羊を連れて行かないといけなかったらしい。それも若い女の子がやるという。家から数十キロ離れた森の奥まで家畜を連れて行って夏の2〜3ヶ月間そこに住んでいたというから大変!その人里離れた孤独な環境は若い子には相当退屈だったみたい。でも、この独特な環境からは面白い音楽がたくさん生まれ、その音楽は「fäbodの音楽※1」と呼ばれている。

このfäbodの音楽には牛の角笛など色々あるが、特に面白いのは独特な歌唱法のクルニング※2。
初めて生で聞いたのは、あるコンサート。
クルニングを歌い始めた瞬間、観客席の子供や赤ちゃんがびっくりして一斉に「ギャー!!」と泣き叫び始めた。
クルニングを歌う女性の声と、その「ギャー!」は掛け合いのように絶妙なタイミングで絡み合い、私たち観客は爆笑。歌っていた女性は、笑わないように必死の様子だった。

このクルニング、なぜ赤ちゃんがびっくりして泣き出したかというと、耳をつんざく叫び声で歌うというものなのだ。何も知らずに聞くと大人でもあまりの迫力に飛び上がってしまう。

この歌唱法を使って、放牧で遠くに行った牛を呼び戻したり、移動の列を乱さないよう家畜に話しかけたり、狼や熊を追い払ったりする。数キロ先の放牧中の仲間へのメッセージとしても使っていたらしい。例えば短いメロディに「うちの羊みつけた?」なんて意味を決めておき、3〜4キロ先の仲間と交信したりしてたんだそう。

スウェーデンで、このクルニングのレッスンを受けたことがある。
最初は声帯の開いたレントゲン写真などの資料を使った講義があり、牛とクルニングの掛け合いの実録CDも聞いた。牛がちゃんとクルニングに反応して「モーッ!」と言っている。すごいなぁ。

一通りの講義の後「では、まず歌ってみます」と言い、先生が廊下に出ていった。
どこに行くの?と思ったら、校長先生や掃除のスタッフに「ドア閉めといたほうがいいから」と断りに行ったみたい。
そのまま教室に戻らず、廊下の突き当たりから「ヒィー!!ヒィイイ〜♪ティ〜〜キティキティキティキ!」
さすが数キロ先まで届くとあって、すごい声量。

「では、皆もやってみましょう!」と階下の広いサロンへ移動。
伝統的に女性が歌うけど、男性でも可能ということで、私たち皆でレッスン開始。
牛、ヤギ、羊向けなど一通り簡単なものを教えてくれた。高音で叫ぶだけではなく、頑固な牛には優しく、ヤギには短く鋭く、とちゃんと使い分けるのだ。
皆で二列向かい合わせに並んで、端から順番にまずは基本から。
「ヒィー!」「ヒィー!」「ヒィー!」
熱帯ジャングルみたい。でも、皆ウマイ。
私の隣にいるしゃがれ声の中年男性J。真剣なまなざしで「ひ、ひぃ〜!ひっ」ゲホ、ゲホと咳き込む。
はい、次は私。負けじと「ヒィー!」
すると先生「上半身に力が残っているからリラックスして。腰にもっと力いれて」と背後から私の両腕を掴んで“おしくらまんじゅう”のポーズ。
腰でグッと押してくる。
「ほら、腰で押し返して!そう。じゃあ、やって!」と言う。
皆の視線が私に注がれる中、日本代表。ここは恥を捨てるしかない。
「ヒィー!」
「もう一度!」
「ヒィー!」
「ほら、良くなったでしょ」
いやぁ・・・、これでメロディを歌うのは至難の業。コツを少しつかんだ感じでこの日はおしまい。

日本に帰るとなかなか大声で練習とはいかないので、福岡の実家に帰った時に田舎だしちょっとくらい・・・と練習してみた。
「ひ、ひー」いや、なんか違う。「ヒィーイイ〜!」ああ、そうそう。こんな感じ。
すると、うちのママ「ちょっと、みっちゃん(私)、止めて!近所から変な人おるち言われたらどうすると!」
ははは、そうですねぇ。
歌なんて向いてないし、やーめたと思うものの、いまだに牛や羊を見ると試してみたい欲求にかられる。

このクルニングを音楽として取り入れたバンドはいくつかあり、CDもある。
秋の夜長に、ヒィー!って聴いてみるのはいかが?

※1・・・fäbodは、夏の放牧のための住居と家畜小屋のこと。スウェーデン語のfäbodmusikは、英語ではpatoral musicと訳されることが多い。
※2・・・スウェーデン語ではkulning、kulaなど、方言もいれると色々な呼び方がある。英語ではherding callと言われることが多い。

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Columnist Profile
本田倫子さん
福岡県出身、奈良県在住。ニッケルハルパ奏者。
スウェーデン各地の伝承音楽を多くの著名プレーヤーから学ぶ。 2006年、国立民族音楽センターでもあるEric Sahlström Institutet、ニッケルハルパ演奏課に留学。また、エスビョン・ホグマルク氏より楽器の伝統等について学ぶ。 Zornmärketにて、2007年、2008年参加。それぞれディプロム賞、銅メダルを獲得。 ソロやスウェーデンとノルウェイの音楽を演奏するデュオ、“fiss”にて活動。


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