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スウェーデンコラム「瑞筆」

第7回 夏の終わりの始まり/本田倫子さん

ザリガニを食べる!?
初めて聞いた時は衝撃だった。
私の反応が面白いらしく、スウェーデンの友人が「ザリガニ・パーティしたよ」とからかい半分に写真を送ってくれた。

PH

丸茹ではまだ食べたことは無いが、身をほぐした料理ならストックホルムのオペラ劇場の中のレストランで食べたことがある。それはそれはとてもおいしかった。
このザリガニ・パーティは、スウェーデンの夏の風物詩だ。以前、乱獲のため絶滅の危機に瀕し、今は8月の一定期間のみ捕ることができるそう。それで夏の終わりに塩茹でしたザリガニを食べるパーティが人気なのだ。

夏の終わり、8月下旬のスウェーデンには私は一度しか居たことがない。
それは留学生活の始まりだった。そのため8月のスウェーデンには特別な思いがこみあげる。日本でなら、桜の咲く4月に特別な感情を持っているような感じかもしれない。

留学先の学校は、ストックホルムから電車で約1時間半、北にいったトボというところにある。
初めて赤い小さな電車に乗ってトボの駅についた時は衝撃だった。
電車は草原を抜け・・・ることはなく、草原のど真ん中に止まったのだ。降りると牛の群れがこちらをじっと見ていた。駅とはコンクリートの塊、ホームのみ。想像以上の田舎だ。 これからどんな生活が始まるのか、期待と不安と複雑な気持ちで楽器を背負いスーツケースをガラガラと引きずりながら学校まで歩いたのを思い出す。

学校に到着するとスタッフが笑顔で迎えてくれた。事務室に入ると、説明を英語でしてくれようとしたのだがそのスタッフはあまり英語が得意ではないようだ。スウェーデン語の書類を指差し「ここに書いてあるのは・・・えーっと、うーん、何て言うんだっけ・・・ジョーシキって言うんだっけ?そうそう、常識。常識ある行動してねってことが色々書いてあるから。後は読んでおいてね」とにっこり笑い書類をドサッと渡された。そんなざっくりした説明だけ?と心配になって他にも質問しようとしたが、オリエンテーションがあるからサロンに行くようにと言われ、何が何だかよく分からないままサロンに向かった。

サロンには既に学生が集まり談笑していた。ドキドキと緊張しはじめた。
過去に英語圏にも留学したことがあり、いつも自己アピールを積極的に行わないと見向きもされなかった。ここで気合をいれないと存在を認めてくれないかもしれないと身構えた。
が、実は私はスウェーデン語を学んだことがない。
声のかけようもない。これは困った。どうしよう。
短期滞在で学んだ時は英語で事足り、入学前の学校とのやりとりでは、スウェーデン語ができなくてもフォローすると言ってくれていたのだ。だが、さっきの事務室でのやりとりが思い出され不安になる。

英語で話しかけてもいいのか、面倒だと思われる?どうしよう?と焦っていると、女の子3人に囲まれた。好奇心でいっぱいの無邪気な子供のようなキラキラした目で私を見る。私にスウェーデン語が通じないと分かると、ちょっと照れたような様子で英語で話しかけてきた。
スウェーデン語は音楽のように美しいと聞いたことがあるが、そんなスウェーデン語訛りの柔らかい英語で話しかけられると、さっきまで固く身構えていた緊張がとけてしまう。場所も人も違えば当然ではあるけれど、私がかつて英語圏で経験した空気と全く違っている。

その後オリエンテーションが始まり、次々いろんな人が中央に立ち話をするがまったく分からない。勉強したこともないので当然、一単語も聞き取れない。気がつくと学生が端から一言ずつ順番に何か言っている。自己紹介かな?ど、どうしよう?私の番だ。何を言ったらいいんだろう? 「何を言ったらいいの?」私はマヌケな質問するしかなかった。
するとやっと英語で今の状況を教えてくれた。ふー。先が思いやられる。

最初に感じた不安は的中し初日の授業の説明もさっぱり分からない。隣の子が気をきかせて耳元で英語で内容を教えてくれたがすぐに注意されてしまった。先生のブルーグレーの目がまっすぐ私に注がれる。「私語はやめなさい。ミチコ、質問があるなら隣ではなく私に質問しなさい。」
ひえー!ごめんなさい。でも何を聞いたらいいのかも分からない。
文字通り右も左も分からない最初の1週間はもどかしさ、はがゆさで頭を壁に打ち付けたくなる日々だった。

このイライラが大爆発せずに済んだのは、とにかく皆が暖かく親切だったからだ。授業が終わると森に散歩に行こうと誘ってくれ、スウェーデン語を教えてあげると部屋に呼んでくれたからだ。私に面倒そうな素振りを見せる人もいない。特別扱いでもない。初めから仲間の一人として自然に接してくれ、言葉が不自由なら手伝ってあげる、そういう雰囲気なのだ。
大袈裟かもしれないが、この最初の一週間は、スウェーデンの平等社会、浸透している平等意識というものを肌で感じた最初のきっかけだった。

夏の終わりの始まり。
ザリガニとは全然違う話になってしまったが、私にとって8月は、期待、不安、緊張、混乱、安堵、色々な思いが交差し、凝縮した思い出がつまっている。

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Columnist Profile
本田倫子さん
福岡県出身、奈良県在住。ニッケルハルパ奏者。
スウェーデン各地の伝承音楽を多くの著名プレーヤーから学ぶ。 2006年、国立民族音楽センターでもあるEric Sahlström Institutet、ニッケルハルパ演奏課に留学。また、エスビョン・ホグマルク氏より楽器の伝統等について学ぶ。 Zornmärketにて、2007年、2008年参加。それぞれディプロム賞、銅メダルを獲得。 ソロやスウェーデンとノルウェイの音楽を演奏するデュオ、“fiss”にて活動。


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