Column 深井 せつ子さん
「Lilla torg」
五月の終わりくらいだったでしょうか。晴れた朝、私はスケッチ・ブックを手に、ストックホルムのある島を歩いていました。この島の水辺の道からは、対岸にある私のお気にいりの風景がとてもよく見えるからです。
対岸ばかりに目をやっていた私が、ふと林の方を見ると、二、三歳くらいの子供がたった二人で遊んでいます。周りは見上げるばかりの樹木ばかり。しかも、もう少しこちらに歩いてきたら、急斜面があってあぶないのです。
「どうして、こんな場所で、たったふたりっきりなんだろう」
水辺の道と林の間には柵がありました。まあ、湖に落ちるようなことはないでしょう。でも、なんだか気になるので、私は柵に沿って歩きだしていました。
かなり歩いても、柵と林は続いたのですが、そのうち、子供たちが数人、大人の女性、木造の家などと次々見えてきました。やがて、門が見え、やっと私は理解することができたのです。そこが、保育園だということを。
つまり、林の中に居た子供は保育園の"園庭"で遊んでいたわけです。この園庭は、運動会を開くような体育の場ではなくて、まさにキンダーガルテン(独語)、"自由な子供の園"なのでした。
スウェーデンでは、ほとんどの女性が仕事をもっているので、国も地方自治体も、できるかぎり子育てに協力します。主なものをあげると、全日型保育園(早朝から夕方まで)、週二~三回親と子が一緒に通うオープンシステム型、数人の子供をあづかる家庭保育園型など。
どこでも共通しているのは、子供たちをおもいっきり遊ばせるということ。全員で遊戯や運動をするような押し付けはけっしてしないこと。勉強は一切しないこと。ひとりひとりの成長を大切にし、他の子と比較・競争させるような行動はしていないことです。保育園はダーグ・ヘム(dag hemスウェーデン語) つまり、デイ・ホーム(day home)、「昼間のおうち」なのです。
だから、園庭には自由に出入りできるし、一日中が休み時間。保母さんは、たいていの場合、子供3~5人に対し一人が付いているので(!)、かなり目が行き届いているようです。食事をするときは、食堂室で。しかもテーブルにはテーブルクロスがかかり、花が飾られ、窓にはカーテンがゆれていて、この国でよく見られるごく一般的な"おうち"に居るような雰囲気。
この光景をもし写真などで見せられたりしたら、そこが保育園で一緒の女性が保母さんだということは、説明されないかぎり、まずわからないでしょう。まるで、どこかの家に子供がちょっと集まった、といったところでしょうか。こんな風に家庭的な場で子供たちはのびのびと自由に一日を過ごすことができるのです。
そして、夏休みともなれば、大人も長い休暇がとれるこの国では、赤ん坊も幼児も、長いバカンスはたいてい家族一緒。 ヨットの上でやわらかそうな金髪をなびかせた赤ん坊がいたり、自転車を屋根に載せて疾走する車、荷台車を牽引して走るキャンピングカーなど、そのどこにでも子供たちの笑顔があります。
いつもの園庭より、さらにさらに大きな大自然という庭に飛び出した子供たちは、目と耳とそして体全体でたくさんのことを感じ取ることでしょう。そこには、大人が子供から奪ってはいけないもの―――「子供時代」が、たくさんあるような気がしました。
神奈川県出身。画家。
北欧各地の清涼な風景に強く惹かれ、北欧行を重ねている。個展や絵本をはじめとする著書も北欧をテーマとしたものが中心。近著に「デンマーク四季暦」(東京書籍)、「小さな姫の勇気の教え」(KKベストセラーズ)、「北欧ヒーリング紀行・森の贈り物」(大和出版)。スウェーデンハウス株式会社のカレンダーは、隔年で制作担当。日本北欧友の会会員、日本スウェーデン文学協会会員。
「Lilla torg」 水彩画家であり北欧エッセイストの深井せつ子さんが北欧の姿、エピソード、思いなど、目と心を通してその魅力を書き綴ります。旅行などでは気づくことのできない北欧が見えてきます。 ※「Lilla torg(リラ・トーリ)」はスウェーデン語で「小さな広場」の意。首都ストックホルム市から飛行機で1時間ほどにある南スウェーデン最大の都市マルメ市。この街の14世紀に作られた聖ペトリ教会の近くに中世の趣を残す木造の建造物がいくつか残されている広場が、この「Lilla torg(リラ・トーリ)」です。